夜の蕁麻疹

日々の想い、映画や本の感想

些事と芸術

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「BLUE VALENTINE」を観た。
画面に大映しになる主人公たちの表情は一様に重苦しく、倦怠が漂っている。それは日常の様子であり、目新しいものではない。映画という枠に切り取られたときにドラマとなって普遍性をもち、だれもが感じる倦怠が一つの真実のような顔をして感動を呼び覚ます。
真実のような顔。良い物語は、その意図するところによって日常の些事を真実のような顔にする。観客は、自分たちの日常に潜んでいる真実に気がついて嬉しくなり、慰めを得る、それが芸術の効用だ。
あらためて、女に生まれなくて良かったと思った。自分の女嫌いを思い知らされて、これからの結婚生活にある種の諦めがついた。恋愛そのものには救いなどはない。救いは一つひとつの煌めきのなか、打ち上がる花火の閃光の中にあるに過ぎない。それはきっと素晴らしいことなのだ。物語はハッピーでは無いけれど、むしろ爽やかですっきりした後味である。